岡﨑茂牧師略歴

1975年 兵庫県加古川市で生まれる。
1985年 加古川福音ルーテル教会の教会学校に参加するようになる。
1988年 3月加古川市立氷丘小学校卒業。
1990年 8月 5日 加古川福音ルーテル教会にて正木牧人牧師より授洗。
1991年 3月 加古川市立氷丘中学校卒業。
1994年 3月 兵庫県立農業高等学校食品加工科卒業。
1994年 4月 三菱製紙株式会社高砂工場入社。抄紙課勤務。
1997年 3月 献身のため退職。
1997年 4月 神戸ルーテル聖書学院一年課程入学。
1998年 3月卒業。4月より2年間、蒜山バイブルキャンプへ伝道実習。
2000年 4月 神戸ルーテル神学校入学。同年9月23日結婚。 
2003年 6月卒業。7月より荒島福音ルーテル教会へ伝道師として着任。
2006年 3月 西日本福音ルーテル教会総会にて牧師按手。
2013年 4月 加古川福音ルーテル教会へ転任。母教会の牧師となる。
2018年 4月 淡路福音ルーテル教会へ転任。現在に至る。

家族構成
妻、長女(高1)、次女(小5)、三女(小2)、猫(黒蜜)2歳の5人家族。
資格:危険物取扱者乙4種、食品衛生管理責任者、剣道一級、柔道初段、弓道弐段。
趣味:料理・ケーキ作り。
神戸ルーテル聖書学院理事長
神戸ルーテル神学校後援会会長


      


「なぜ、この道を?」
~邦人教職者の召命の証~
                                                            淡路福音ルーテル教会
                                                            牧師 岡﨑 茂
「あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」使徒20章35節

1.なぜこの道を?
 子どもの頃から漠然と人のために何かをしたいという気持ちをもっていました。学級委員長や掃除係などを率先してしていました。生徒会長に立候補なんかもした記憶があります。自分に何が出来るか、人のために何ができるかを考えている心の中には、三兄弟の末っ子であまりかまってもらえない、愛してもらえないと思っていました。その寂しい気持ちが自分を認めてほしいという気持ちになり、それが、人のために何かしたいという思いへとなったのではないかと思います。その中で、教会に導かれ、主イエスさまと出会い、神の愛を知りました。主から召命を受けて、いま、主の道を歩まされていただいています。

2.どのように、この道を進んだか
 小学4年生の時、教会学校のクリスマス会のチラシをもらい、プレゼントをもらいに行くために、家のすぐ近くにあった加古川福音ルーテル教会に初めて行きました。そこで、賛美歌を歌い、クリスマスのメッセージを聞き、プレゼントをもらって楽しい一時でした。
  その時に何かわからない温かさ、また来たいという思いになりました。ここには何かあると思い教会学校に通うようになりました。不思議とすぐに神さまの存在を知り、すぐに信じました。家で、毎日の仏壇にお供えをすることがいやになり、「偶像礼拝になるからでけへん」と反発したことを覚えています。
  毎年の蒜山のキャンプに行き、そこで、神さまのために働きたいと決心をしました。中学3年生の夏に、正木牧人師より洗礼を受けました。その時に証で、「僕は牧師になります。」と表明をしました。
  この神さまとの約束が、どうしても心からは離れず、私の人生の中心となっていつも問いかけられました。
  熱い気持ちをもって毎週、礼拝に出席し信仰生活を始めました。しかし、高校に入学してから大きく変わりました。あまりにも学校はおもしろくなく、人間関係につまずき、教会につまずき、生きるのにつまずき、何のために生きてるかわからなくなりました。学校に行かず、その気持ちを紛らわすように、悪いことに手を出しました。(内容は想像にお任せします。)でも、ひとりよがりですが、信仰はもっていました。イエスさまを信じている。「イエスさまが信じてるからいつ死んでもええわ」とか思っていました。
 しかし、春と夏の中高生キャンプに行くたびに、自分の愚かさに気づかされて悔い改めて教会に戻りました。しかし、すぐに羽が生えて教会に行かなくなる・・・。その繰り返しの中で、主の声を聞き、これじゃいけない、自分はこの道を歩むんだという気持ちが不思議と高まってきました。
  高校卒業後、お金を貯めるために製紙会社で働き、トレーシングペーパーという紙を作っていました。結果的に紙を作る者から神を伝える者へと転職したのですが・・・。
 社会人一年目の夏、蒜山バイブルキャンプの中高生キャンプの奉仕で『受けるよりは与える方が幸いである』の御言葉を受け取って献身を決意しました。すぐにでも献身しようと思いましたが、阪神淡路大震災が起こり、すぐにならず、親の反対もあり、3年間働いて退職しました。親はそのうちにあきらめるだろうと思っていたようです。当時はもう帰ってくるなと勘当されましたが、いまは理解されています。信仰は持っていませんが、死んだら葬儀を頼むと言われました。「それじゃあ、死ぬまでに洗礼受けてよ。」と話せるようになりました。
 97年に聖書学院に入学しました。卒業後、2年間蒜山BCで伝道実習をしました。そこで、電動草刈り器を動かしながら、「伝道って何やろ?この電動と違うねんけどな」と突っ込みながらが、自分自身の召命を見つめ直しました。そして、2000年に神戸ルーテル神学校で入学、2003年7月より荒島福音ルーテル教会に遣わされて約10年間牧会。
2013年に母教会の加古川福音ルーテル教会へ転任。5年間の働きの中で、父に洗礼を授け、葬儀、祖母の葬儀をさせていただくことが出来ました。母とは時々、聖書の話をしています。母の救いのために祈っています。
2018年4月に淡路福音ルーテル教会へ転任。20年間のフィンランドの宣教師の働きから邦人牧師へバトンタッチしました。
 

3.主の導きによって 
 自分自身の性格や賜物を見ると、足らない所ばかりで牧師をしていてもいいのかと思います。いろんな職種のバイトをとおして、そこそこスキルは持っているので、大概のこと出来ると思います。「何で、牧師さんをしてるの?いろいろ出来るから他のことした方が儲かるのに」と言われることもよくあります。
 また、時折、牧会に悩んでいるとき、妻から「いつでもやめてもいいよ」と言われることあります。しかし、やめようとは思ったことはありません。なぜなら、主の召しだからです。初めて教会に行ったときに「ここには何かある、それを知りたい」と感じました。その気持ちが、私の信仰の始まりであり、主の道の始まりです。中高生の時、キャンプで出会った友がこぞって献身すると決心をしました。しかし、彼らのほとんどが教会を離れていってしまいました。その中のひとりに入るようないい加減な者を、神さまが召してくださいました。受洗の時の約束に主が答えて導いてくださったと確信しています。
 子どもの頃からの人のために何かをしたいという思いが、「神に仕え、人に仕える」という牧師として召してくださった神様に感謝をしつつ、これからのこの主の道を歩んで行きたいと願います。

Jimdo

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